集会・講演・支援 支援の取り組み

 

支える会、支援チーム、仲間たち、OBの会、応援隊

植村裁判を裏方で支えてきたのは「植村裁判を支える市民の会」(略称・支える会)と「植村訴訟東京支援チーム」(支援チームと略)のふたつの組織だった。組織といっても、事務所や規約や専従者はもたず、個人のゆるやかな集団にすぎない。目的はただひとつ、植村さんの人権を守り、名誉を回復させることだった。植村さんの新聞社時代の友人や知人、北星バッシングに反対する運動に参加していた人たち、報道の自由や民主主義に危機感を募らせたジャーナリスト、学者、研究者、弁護士たちが、自然発生的に集まった。

支える会は主に札幌を中心に、支援チームは東京を中心に活動した。活動はあらかじめ設定された裁判日程に沿って行われた。主な活動は、裁判の告知チラシの作成、傍聴支援の告知とお願い連絡、傍聴当日の案内、記者会見の依頼と仕切り、当日の報告集会の設営と司会、裁判傍聴記と集会報告の作成とSNS発信などだった。すべてが手弁当で行われた。

これらのルーチン作業とともに積極的に取り組んだのは、櫻井氏と西岡氏の過去の著作の徹底的な収集分析だった。S研と呼ぶ櫻井研究会、西研と呼ぶ西岡研究会が作られ、メンバーは書店や図書館で入手した櫻井、西岡両氏の慰安婦問題に関する著作を持ち寄って、文字通り読み漁った。その結果、櫻井氏の言説には大きな変転や矛盾があること、西岡氏には引用した原典資料に不可解な改変があることがわかった。どちらも両氏のジャーナリスト、研究者としての資質を疑わせるだけでなく、植村記事を「捏造」と決めつけた根拠を揺るがすものだった。これらの発見は弁護団の弁論活動にも取り入れられた。とくに本人尋問で川上有、穂積剛両弁護士が櫻井、西岡両氏を徹底追及した場で生かされた。

 

支える会と支援チームの活動をバックアップしたのが、「植村さんを支え励ますOBの会」(OBの会と略)、「植村さんを支える仲間たち」(仲間たちと略)、「植村応援隊」(応援隊と略)の3つだった。「OBの会」と「仲間たち」は、朝日新聞社のOB、現役に支援カンパを呼びかけた。「OBの会」はカンパを6回募り、延べ700人が賛同した。同会の世話人のひとりはブログ運営やホームページ管理のお世話も買って出た。もうひとり(元写真部員)は裁判当日の写真撮影を毎回担当した。「仲間たち」も定期カンパを7年間続けたほか、新聞労連や日本ジャーナリスト会議、民放労連メディア総合研究所など植村裁判支援を決定した団体や個人とともに「東京訴訟支援チーム」に参加して、支援実務の主力となった。さらに、朝日新聞社の現役社員と植村さんの対話の場を設けるなど、若い世代へのキャンペーンにも取り組んだ。「応援隊」はSNS(フェースブック)で裁判情報を流したほか、裁判報告集会の司会などの応援に加わった。その中心メンバーは北星バッシングに反対する市民運動の最初のきっかけを作った人だった。札幌の裁判の開始直前には市民運動グループや労組に呼びかけて、激励集会の開催に奔走もした。その集会にさまざまな市民人脈が合流し、2カ月後に「支える会」がスタートした。

 

植村裁判にかかわった人びとのただひとつの共通目的、植村さんの人権を守り、名誉を回復させることは、残念ながら100%実現したわけではない。判決は確定し、それぞれの会は活動を休止した。植村さんの人権を守り、名誉を回復させるたたかいは、これからは、ひとりひとりがそれぞれの場で担っていくことになる。

以下に、それぞれの会の発足時の呼びかけ文を収録する。

 

 

■植村裁判を支える市民の会

 

【参加呼びかけ】

不屈の民主主義をつくるために ~植村裁判を支える市民の会に参加を~

 

職場に名指しで「殺す」「辞めろ」という脅迫、嫌がらせメールが殺到し、高校生の娘がネットで名前と写真をさらされ、「自殺するまで追い込め」と書き込まれる。こんな目に遭ったら、あなたはどうしますか。

札幌在住の元朝日新聞記者、植村隆さんは実際、こういう経験をしました。2014年以降、転職予定だった神戸松蔭女子学院大学の教授職を諦め、非常勤講師を務めていた札幌の北星学園大学は爆破予告を受けて何千万円もの警備を強いられ、高校生の長女は「地の果てまで追い詰めて殺す」と殺害予告を受け、登下校時にパトカーが警護する事態に追い込まれました。

 原因は、25年前に書いた慰安婦問題の記事への「捏造」批判です。「捏造」とは、単なる誤報ではなく、意図的なでっち上げを意味する言葉です。新聞記者が捏造すれば、懲戒解雇もの、「捏造」のレッテルはジャーナリストにとって死刑宣告と同じです。

著名なジャーナリストの櫻井よしこさんは、植村さんに対し、週刊誌の記事や、それを転載した自身のホームページで、「捏造」と断じました。「植村氏の捏造報道と、学問の自由、表現の自由は異質の問題である」「明確な捏造記事である」(週刊新潮2014年10月23日号)などと「捏造」という断定を繰り返しました。

その際に引用しているのが、西岡力・東京基督教大学教授の言説です。西岡さんは著書や雑誌記事で、元慰安婦の裁判支援をした韓国の遺族会幹部である義母のために、記事を意図的にでっち上げた、と断定しています。この言説は、朝日新聞の検証報道、同社の第三者委員会、当時、慰安婦問題を報じた社内外の記者の証言によって完全に否定されました。にもかかわらず、慰安婦の強制性を否定する櫻井さん、西岡さんらは、執拗に「捏造」のレッテルを貼り続けています。

植村さんや長女、北星学園大学に対する激しい脅迫と、大学を励ます「負けるな北星!の会」発足を伝える朝日新聞の記事に対し、櫻井さんは、「脅迫状やネット上の攻撃を奇貨として自己防衛を図るかのような、朝日の姑息な精神」(週刊新潮14年10月23日号)と書きました。「社会の怒りを掻き立て、暴力的言辞を惹起しているものがあるとすれば、それは朝日や植村氏の姿勢ではないでしょうか」(週刊文春14年10月23日号)とまで、言い放ちました。

「植村バッシング」に萎縮し、新聞、テレビは、慰安婦問題を史実として掘り下げなくなりました。「捏造」言説は勢いを増し、歴史学の常識までも否定されかねない危機を招いています。植村さんは、異様な言論状況下でやむを得ず、司法の場に救済を求めました。

私たち、「植村裁判を支える市民の会」(略称・支える会)は、櫻井さん、西岡さんらを相手取り植村さんが起こした裁判を支持し、支援します。ひとり植村さんの名誉のためではありません。言論・報道・学問の自由、元慰安婦の尊厳、そして歴史の真実を追究する良心を守るためです。

この趣旨に賛同する、あらゆる力を結集しましょう。不屈の民主主義をつくるために。

 

共同代表 

上田文雄(前札幌市長、弁護士)、小野有五(北大名誉教授)、神沼公三郎(同)、香山リカ(立教大教授、精神科医)、北岡和義(ジャーナリスト)、崔善愛(ピアニスト)、結城洋一郎(小樽商大名誉教授)

 

注=共同代表の結城氏は療養のため辞し、2020年8月に本庄十喜氏(北海道教育大准教授)が就いた

  

■植村さんを支える仲間たち

 

植村隆さんをみんなで支えませんか

2015年1月

                                      

 慰安婦報道をめぐって「ねつ造記者」と攻撃されてきた植村隆さんが2015年1月9日、西岡力氏と週刊文春を相手取って、名誉棄損の裁判を東京地裁に起こしました。札幌でも別の裁判を起こす予定です。

慰安婦報道については様々な意見があると思います。しかし、植村さんが「ねつ造記者」ではないという点は、彼と一緒に働いた私たちが誰よりも知っているはずです。

植村さんが不当で卑劣な攻撃にさらされ、高校生の娘さんまで「自殺に追い込む」と脅迫される中で、札幌市民を中心に「負けるな北星!の会」が昨年に発足し、支援を呼びかけて北星学園大学の非常勤講師のポストを守りました。また、全国で約170人の弁護士が植村さんの支援に立ち上がり、いわれなき誹謗中傷に対して次々と裁判を起こすことで、これ以上の「言論テロ」を防ごうとしています。

 朝日新聞の仲間だった私たちも「ねつ造記者ではない」という植村さんの裁判の支援をしたいと考えています。「言論」と同時に「司法」の場でも勝利をかち取ることで、記者個人とその家族への卑劣で愚劣な攻撃を止めさせましょう。

こうした思いから、植村さんの友人や元同僚を中心に「植村さんを支える仲間たち」を立ち上げることを決めました。裁判は長期化することが予想されます。厳しい財政状況の下で言論活動と裁判闘争を続ける植村さんを、わたしたちが支えることが必要です。

ぜひ、「植村さんを支える仲間たち」に参加していただき、下記の朝日新聞信用組合の口座にカンパの振り込みをお願いします。(信用組合に口座をお持ちの方は月額千円の自動引き落としをご利用ください。他の金融機関からの通常の振り込みも可能です)

 

連絡先:略

カンパ振込先:略

 

  

■植村隆さんを支え励ますOBの会

 

朝日新聞OBの皆さまへ

2015年1月31日

 

従軍慰安婦問題の報道で週刊文春など一部メディアから激しいバッシングを受けてきた植村隆さんが、このほど、損害賠償などを請求する名誉棄損訴訟を東京地裁に起こしました。

この裁判は、植村さんを「捏造記者」と決めつけて誹謗中傷を繰り返した週刊文春と西岡力氏(東京基督教大学教授)を相手どり、植村さんの傷ついた名誉を回復させるものです。代理人には地元札幌ほか全国の弁護士170人が名前を連ねています。

植村さんは、一連の朝日バッシング報道の中で、まるで“主犯”のような扱いを受けました。誹謗中傷や脅迫、いやがらせは本人だけでなく、家族にまで及びました。朝日を退職して転職することになっていた大学からは契約を取り消され、非常勤講師をつとめる大学にも攻撃や業務妨害行為が加えられました。その間、植村さんが味わった苦労や心痛、恐怖そして被害は、私たちには計り知れないほどに過酷なものだったと思います。

法廷での闘いが始まったいま、相手側からの攻撃は強まりこそすれ、弱まることはないでしょう。裁判は東京で行われるため、これまでの精神的、肉体的な負担に加え、札幌からの往復や連絡などにかかる経済的負担も過重なものになるでしょう。

私たち退役世代が物心両面でできる支援には限りがありますが、植村さんがかかえる負担が少しでも軽くなるように、ささやかではありますが、カンパをして支え、励ましたいとと思います。

 ひとりでも多くの方のご賛同を、よろしくお願いします。

 【カンパ実施要領】 略

 

 

注=その後、札幌でも提訴することになったため、追加の呼びかけを出した。  


追加呼びかけ201535日)

 

札幌に住む元朝日新聞記者植村隆さんに対して、極めて悪質な誹謗中傷が昨年初めから一部メディアで繰り広げられています。植村さんはこのほど、西岡力、櫻井よしこの2人、週刊文春、週刊新潮、週刊ダイヤモンド、月刊WiLLの発行元4社を名誉棄損で訴えました。

しかし、いまもネット上では植村さんへの攻撃が続いています。そして、残念なことに私たちのまわりにも、植村さんに疑いの目を向ける人がいます。誹謗中傷を真に受けている人が少なくありません。一部メディアが垂れ流したデマが世間一般に流布し、こびりついてしまった、ということです。

私たちの活動は植村さんの裁判を支えることを目的としていますが、それと同時に、植村さんにまとわりつくデマをきちんと取り除くこともだいじなことだと思っています。

▽植村さんは慰安婦報道の主犯ではない、

▽捏造記事は1本も書いていない、

▽韓国人義母の運動に利する意図はない、

▽韓国の反日世論を煽ってはいない、

 ということを理解していただきたいと思います。

 以下、植村さんの手記や記事をもとに、わかりやすく説明します。

 

■「植村記者は朝日の慰安婦報道の主犯だ」との見方について。

朝日の社内にもそんな声があるそうですが、とんでもない誤解であり、いいがかりです。

植村さんが慰安婦について書いた署名記事はたったの2本です。24年前の91年8月11日付と同年12月23日付のもので、いずれも韓国で初めて名乗り出た元慰安婦、金学順(キム・ハクスン)さんについて書いただけです。もちろん、虚報として取り消された「吉田清治証言」について書いたことは1度もありません。それどころか、97年には「吉田清治証言」検証作業チームの一員として済州島で調査をし、証言にある事実は裏付けることができない、との報告を提出しています。

朝日の慰安婦問題報道の最大の過ちは「吉田清治証言」に関する報道とその後の対応の過ちであって、主犯という言い方が許されるなら、その記事を書いた記者、それを長年放置した関係者、そして今回の検証特集記事で謝罪をしなかった経営幹部たちこそが主犯でしょう。

1月にあった外国特派員協会の記者会見で、日本人ベテランジャーナリストが植村さんに向かって「あなたは何本、吉田証言の記事を書いたのか」と質問して、失笑とひんしゅくを買っていました。誤った理解が世間一般に広く流布されていることが如実に示された一幕でした。ちなみに、「吉田清治証言」が初めて記事になったのは82年9月、松井やより記者が韓国人従軍慰安婦のインタビュー記事を書いたのは84年11月で、植村さんは91年です。慰安婦報道の主犯どころか、トップランナーでもないのです。

 

■「植村記者は記事を捏造した」との見方について。

捏造などしていません。西岡、櫻井らが問題にしているのは、91年8月11日付記事についてです。植村さんは同記事のリードで「女子挺身隊の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦のうち一人がソウル市内に存在していることがわかり」と書いていますが、西岡らは「女子挺身隊、連行、強いられた」の語句をとらえ、「強制連行された、と書いているが、その事実はない、彼女は妓生学校に通っていた女性だ」と攻撃をしているのです。挺身隊とか連行という語句は慰安婦報道のキーワードですが、当時、韓国社会には女子挺身隊=従軍慰安婦という見方が強くあったことも背景にあります。つまり、当時は決まり文句というか定型文となっていたわけで、同様の表現は朝日にも他紙にもたくさんありました。植村さんだけが攻撃されるいわれはありません。(この点については、2014年8月5日付「慰安婦報道」検証特集で、挺身隊と従軍慰安婦を同一のものとした混同、誤用があったことを認め、93年以降はそのようなことのないように気をつけた、と書いています。これは慰安婦報道全般について“反省”したものであって、植村さんの記事を特定しているものではありません。

植村さんは、同記事の本文では「女性の話によると、17歳の時、だまされて慰安婦にされた。2、300人の部隊がいる中国南部の慰安所に連れて行かれた」と書いています。「強制連行」というニュアンスはありません。なのに、捏造とはどういうことなのでしょう。

西岡はリードにある「女子挺身隊の名で戦場に連行され」は一般例であるのに、それを金学順さんにもあてはめて「詐称」とか「事実誤認」と言いたいようですが、一般例と具体例をいっしょにした悪意のある読み取り、あるいは読解力不足による曲解いうことのようです。翌92年から文春などでこの記事を攻撃してきましたが、最初は「事実誤認がある」という表現の批判でした。それがいつの間にか「捏造」になっています。新しい事実が発見されたわけでもないのに不思議、不可解です。

 

■「韓国人の義母の運動を利するために記事を書いた」との見方について。

植村さんは1991年に韓国人女性と結婚しました。前年に韓国取材中に知り合ったそうです。ところが当時、その女性の母は韓国の戦争未亡人の団体「太平洋戦争犠牲者遺族会」の幹部でした。

西岡はそのことに着目して、「植村記者は日本国を相手に裁判を起こして闘っている遺族会の常任理事の娘と結婚している。金学順さんについて植村記者が第一報を書けたのは、義理の母からの情報提供によるのだろう」と著書の中で書いています。

この点について、2014年8月5日付「慰安婦報道」検証特集では、「取材のきっかけは当時のソウル支局長からの情報提供でした。義母との縁戚関係を利用して特別な情報を得たことはありませんでした」と書いています。また、第三者委員会の報告書も「個人挺な縁戚関係を利用して特権的に情報にアクセスしたなどの疑義も指摘されているが、そのような事実は認められない。取材経緯に関して植村は、当時のソウル支局長から紹介を受けて挺対協のテープにアクセスしたと言う。そのソウル支局長も挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)の尹氏から情報提供を受け、前年に慰安婦探しで韓国を取材していた植村に取材させるのが適当と考えて情報を提供したと言う。これらの供述は、ソウル支局と大阪社会部(特に韓国語学留学経験者)とが連絡を取ることが常態であったことや植村の韓国における取材経歴等を考えると不自然ではない。植村が元慰安婦を匿名とする記事を書いた直後に、北海道新聞に単独インタビューに基づく実名記事が掲載されたことをみても、植村が前記記事を書くについて特に有利な立場にあったとは考えられない」としています。

 西岡らの指摘は、邪推に過ぎず、下種の勘繰りだということです。植村さんによれば、義母が金学順さんに初めて会ったのは植村さんが記事を書いた後でした。それまでは面識がなかったことをわかってもらうために、植村さんは義母の当時の日記を公開しています。また、挺対協と遺族会はまったく別の組織です。挺対協は進歩的、遺族会は保守的なこともあり、両者が連携して情報提供をすることなどあり得ないともいいます。

 

■植村記者は韓国の反日世論を煽った、との見方について。

慰安婦問題が韓国だけでなく欧米各国にも広がっていることについて、櫻井らは朝日新聞の慰安婦報道が火をつけたからだ、朝日は日本を貶めた、などという主張を繰り返しています。植村さんは「捏造記者」のほか「反日」「売国奴」という悪罵を浴びせられています。しかし、慰安婦問題で、韓国政府と韓国の国民が批判し、米国をはじめとする国際世論が問題としているのは、じつは櫻井らの言動なのです。日韓関係を悪化させ、国益を損ねてきたのは、朝日新聞でも植村さんでもなく、櫻井らなのです。

そもそも、従軍慰安婦が韓国で問題になったのは、朝日の最初の吉田証言記事が出てから10年近く経った1991年のことです。同年8月に元慰安婦が名乗り出て慰安婦問題がクローズアップされ、同12月には日本政府に賠償を求めた提訴が行われました。元慰安婦が名乗り出た背景には、韓国の民主化(1987年)により人権意識が高まり、当事者たちが高齢化していたことがありました。元慰安婦が名乗り出た時、朝日は記事にしたが(植村記者)、それが韓国世論を動かしたわけでもありません。ましてや、その10年近く前の「吉田証言」記事が影響したわけでもない。

国際的に大きな問題になったのは、2007年3月です。当時の安倍首相が国会答弁で「(慰安婦問題で)強制性を裏付ける証拠がなかったのは事実」と発言しました(この発言には、強制性がなかったから問題はない、という含意があり、安倍首相はこの後も同じ発言を繰り返しています)。安倍首相は米メディアの批判を浴び、同4月に訪米したさい、米議会幹部とブッシュ大統領に謝罪するハメに追い込まれました。

ところが同年7月、安倍を支援する桜井よしこ、高市早苗らがこんどは米紙に「慰安婦は性奴隷ではなく公娼」などとする意見広告を出したため、国際世論にさらに火がつきました。米下院、オランダ下院、カナダ下院、欧州議会などが、日本政府に対して責任を公式に認め謝罪を求める決議を採択しました。すべて安倍晋三らの言動が引き金となったのです。韓国での問題化と同様に、海外でも朝日新聞の報道がきっかけとなったのではありません。

そのような事実から日本国民の目をそらさせ、自分の責任を認めようとしない安倍首相は、朝日のこのたびの誤報謝罪を絶好の反撃材料として悪用し、吉田証言は捏造だったから慰安婦問題はなかった、といわんばかりの屁理屈を弄しているのです。安倍にとって、慰安婦問題は政治生命をかけて取り組んできた懸案であり、なりふりかまわず必死にならざるを得ないのでしょう。

 

 

 ■植村応援隊 

 

参加しませんか

 

1991年に書いた「従軍慰安婦」に関する2本の署名記事。23年後に「捏造」のレッテルを貼られ、植村さんは言論テロとも言える攻撃を受けています。

非常勤講師として勤務する大学へも脅迫状や大量の抗議メール・電話が届き、高校生の娘さんはネット上で「自殺に追い込め」など脅しの言葉にさらされています。 言論で対抗してもデマの拡大は止まりません。そこで、汚名を晴らし家族らの人権を守り、大学の安全をとり戻すため、2件の名誉棄損裁判を提訴しました。2015年1月、週刊誌で「捏造記者」とコメントした西岡力氏とその発行元を被告に東京地裁へ。同2月、西岡氏の言説を拡大し脅迫を肯定するような記事まで書いた櫻井よしこ氏と掲載した週刊誌などの発行元3社を被告に札幌地裁へ。

 「植村応援隊」はこの裁判や植村さんの言論活動を応援するために、1月30日に結成されました。ぜひ一緒に応援してください。

1 植村応援隊(応援隊)の概要

  (1)主な活動内容

    ①植村さんの講演会への参加、裁判の傍聴

    ②講演会や裁判の周知活動への協力

    ③活動資金のカンパの呼びかけ

    ④植村さんの講演会の企画・実施   その他、協力できること、したいこと。

  (2)運営について

     ①応援隊隊員への情報提供はメールなどで

     ②フェイスブック

   ③日常的な運営は事務局が担当しています。

     ④運営に必要な費用はカンパでまかないます。

  (3)カンパ受け入れ口座

     ゆうちょ銀行 振替口座 =略

 ■2 参加方法 

  (1)電子メールで次の内容を送信してください。

    ①氏名・ふりがな ②郵便番号・住所 ③電話番号

     ④送信アドレスと別アドレスでの登録を希望する場合はそのアドレス   

 (2)メール件名は、「応援隊参加」としてください。 

  (3)メールの宛先 =略