関連する裁判 産経新聞訂正問題
東京簡裁に調停申し立て、不合意のまま終結
櫻井よしこ氏が産経新聞2014年3月3日付けコラムに書いた記事には金学順さんの経歴について重大な誤りがあった。植村氏は産経新聞と櫻井氏に訂正するように求めていた。これに対し櫻井氏は、札幌訴訟第1回口頭弁論(2016年4月22日)で誤りを認め訂正の意向を示した。そこで植村氏は産経新聞に対し訂正記事の掲載を求めた。要求は2016年7月、9月に内容証明郵便で行われた。しかし、産経は訂正を拒み続けたため、2017年9月に東京簡裁に調停を申し立てた。
調停の協議は、2017年11月8日から2018年5月28日まで4回開かれた。産経側は第4回調停で、6月4日付紙面に訂正を載せることを明らかにし、訂正文の文面はすり合わせがないまま、掲載された。調停途中で植村氏側は文面の用意はしていたが、結果的には一方的な掲載となった。その後、7月2日に第5回協議が開かれたが、合意はできず終結することとなった。
以下に調停申し立て、訂正文掲載、調停不成立の経緯詳細を記録する。
東京簡裁に調停申立 2017年9月1日
問題になっているのは、産経新聞が2014年3月3日付けの一面で掲載した櫻井よしこ氏の「美しき勁き国へ『真実ゆがめる朝日新聞』」と題するコラムです。その中で、櫻井氏は元慰安婦の金学順さんについて「東京地裁に裁判を起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られたと書いている」と書いていますが、金さんの訴状にはそうした記述はまったくないのです。
植村さんは記者会見で、「『訴状にない』ことを、あたかも「訴状にある」かのように書いて、私の名誉を毀損し、故金学順さんの尊厳を冒涜している」と述べ、櫻井コラムと産経新聞の対応について「ウソに基づいたフェイクニュースの類。明らかなルール違反で、情報の改ざんです」と厳しく批判しました。
櫻井氏本人も、2016年4月22日の札幌訴訟の第一回期日後の記者会見では、「訴状にそれが書かれていなかったことについては率直に改めたい」と述べていました。その後も訂正がないため、植村さんは同年6月に内容証明で訂正を要求しました。
しかし、産経新聞は「重要な点は、訴状にそのとおりの表現で明記されているかどうかではない」として応じていません。それどころか、「当社は、各種資料からも、『金学順さんが家族による人身売買の犠牲者であること』は明確に裏付けられていると認識しております」と主張しています。
これに対し、植村さんの代理人である神原元弁護士は、当時の新聞記事や聞き取り調査などの金学順さんの証言を列挙したうえで「『家族による人身売買』を裏付けるような資料は見当たりません」と述べ、産経側が訂正を拒否し続けるなら、その裏付けとなる『各種資料』をすべて証拠として提出するよう求めました。
民事調停は、裁判官と調停委員が双方の言い分を聴いた上で,公正な判断のもとに調整する手続き。裁判の判決と異なって、双方の合意が必要になります。
記者会見で、なぜ裁判ではなく調停を申し立てたのかという質問に対して、植村さんは「誤りを訂正するという当然のことを求めているので、裁判以前の問題だと思うから」と答えました。また、金さんの訴状に問題の部分が記載されていないことを確認したY紙記者が、産経側の対応について「サッカーでいえば一発でレッドカードですね」と発言。植村さんも「その通り。『訴状によると』という原稿を書いている司法記者の皆さんなら、この問題の重みがわかると思う」と応じる一幕もありました。(T.M記 2017.9.1)
産経が訂正記事を掲載 2018年6月4日
ジャーナリスト櫻井よしこ氏が4年前に産経新聞に書いたコラム記事が、6月4日、同紙朝刊2面で「訂正」された。この「訂正」について植村隆さんは、「櫻井氏が私の記事を『捏造』という根拠が大きく崩れた。また、事実に基づかない慰安婦報道を正すという点で、前進があった」と、記者会見で一定の評価をした。しかし、訂正内容には問題があることも指摘した。「私への誹謗中傷、名誉毀損への謝罪やお詫びがない。また、訂正記事の末尾に『金学順氏が強制連行の被害者でないことは明らか』と、根拠に基づかない主張をしている」として、「この問題点を今後も追及し続けていく」と語った。
櫻井氏は5月25日発売の「月刊WiILL」7月号でも同じ内容の訂正をしたばかり。いずれも、3月23日にあった札幌訴訟第11回口頭弁論の本人尋問で植村弁護団の追及を受け、誤りを認めた上で訂正することを約束していた。
産経紙面で「訂正」されたのは、2014年3月3日付「真実ゆがめる朝日報道」と題するコラム記事の一部。櫻井氏はこの中で、「捏造を朝日は全社挙げて広げた」「捏造記事でお先棒を担いだ」と朝日新聞の慰安婦報道を批判する一方で、元日本軍従軍慰安婦だった金学順さんについて、
「この女性、金学順さんは後に東京地裁に訴えを起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られた、などと書いている」
と書き、従軍慰安婦否定派が主張する「人身売買説」を強くにじませた。
しかし、金学順さんの「訴状」には「14歳で継父に40円で売られ」「17歳のとき再び継父に売られた」との記載はまったくなかった。櫻井氏は「訴状」に書かれていないことを材料にし、金学順さんは親族に身売りされて従軍慰安婦になったのだ、と読めるように書いた。これはジャーナリストとしてはあるまじき論法であり、単純な事実誤認とか資料の取り違えではすまされない。なぜなら、櫻井氏のこの主張は、植村さんが書いた記事と真っ向から対立するだけでなく、植村さんを「捏造記者」だと決めつける根拠ともなっていたからである。
このコラム記事が出たのは、週刊文春が「“慰安婦捏造”朝日記者がお嬢様女子大学教授に」との記事を掲載した2カ月後。ネットや雑誌で植村バッシングに火がついた時期だった。櫻井氏はこのコラム記事と同じ内容のことを雑誌にも書き、テレビやインターネット番組でも語った。その結果、植村バッシングはさらに拡散され、すさまじい勢いで広がった。
それから2年後の2016年4月、札幌で植村裁判の審理が始まった。植村さんは第1回口頭弁論で行った意見陳述及び終わった後の記者会見で、このコラム記事の重大な誤りを指摘した。櫻井氏は、同じ時間帯に別の場所で開いていた会見で、記者の質問に答えて、「訴状にそれが書かれていなかったことについては率直に私は改めたいと思います」と語った。
植村さんは、櫻井氏のその発言を受けて、産経新聞に訂正申し入れを再三行った。しかし、産経は「コラムに何ら誤りはないと考える」「各種資料からも、家族による人身売買の犠牲者であることは明確に裏付けられている」などと反論し、訂正に応じなかった。そこで、植村さんは2017年9月に、東京簡裁に株式会社産業経済新聞社との調停を申し立てた。
調停の協議は、2017年11月8日から2018年5月28日まで4回開かれた。産経側は第4回調停で、6月4日付紙面に訂正を載せることを明らかにした。その後、訂正文の文面はすり合わせがないまま、掲載された。調停途中で植村さん側は文面の用意はしていたが、結果的には一方的な掲載となった。調停は7月2日に第5回期日が設定されている。植村弁護団の吉村功志弁護士は記者会見で、「その場で今回のことの釈明を求める」と語った。 (H.N記 2018.6.4)
産経調停は不成立で終結 2018年7月2日
産経新聞に寄稿した櫻井よしこ氏のコラムに誤りがあるとして、植村隆さんが産経新聞を相手取り訂正記事掲載を求めて東京簡裁に申し立てていた調停は、7月2日、不成立で終結した。
【朝日新聞7月3日付朝刊第3社会面】から引用
産経新聞のコラムに誤りがあるとして、元朝日新聞記者の植村隆・韓国カトリック大客員教授が産経新聞社を相手取り訂正記事を出すよう求めて東京簡裁に申し立てた調停は2日、不成立で終結した。植村氏の代理人が明らかにした。
コラムはジャーナリストの櫻井よしこ氏が、慰安婦問題について植村氏が書いた記事を批判する内容で、2014年3月3日付産経新聞に掲載された。櫻井氏が誤りを認め、今年6月4日付で訂正記事が載ったが、植村氏は内容に納得できなかったという。産経新聞社広報部は「6月4日付訂正をもって、できる限りの対応はしたと考えております」とコメントした。
凡例▼人名、企業・組織・団体名はすべて原文の通り実名としている▼敬称は一部で省略した▼PDF文書で個人の住所、年齢がわかる個所はマスキング処理をした▼引用文書の書式は編集の都合上、変更してある▼年号は西暦、数字は洋数字を原則としている▼重要な記事はPARTをまたいであえて重複収録している▼引用文書以外の記事は「植村裁判を支える市民の会ブログ」を基にしている
updated: 2021年8月25日
updated: 2021年10月18日